ビリギャルよりビリから慶應を通信で卒業しました!-卒業までの勉強法書いていきます-

高校中退から高卒認定試験を受けて、慶應義塾大学の通信教育課程を卒業しました。 卒業まで5年間において自分が得た、経験や知識をブログに示していきたいと思います。

韓国の教育⑷歴史教育・教科書の変遷

こんにちは。
今回から、3回に分けて韓国の歴史教育について書いていきたいと思います。

韓国の歴史教育については、昨今いろいろと話題になることが多いです。竹島・独島問題、慰安婦問題といった政治的な場面や、K-POPグループBTSの原爆Tシャツ問題など身近なところでも、話題が絶えません。

そのような問題の背景には、歴史に関する教育が影響を与えているのではないかと考え調べてみました。
そこで、今回から、韓国の歴史教育について、次のように3回に分けて調べたことを書いていきたいと思います。

第4回 韓国の歴史教育・教科書の変遷
第5回 韓国の歴史教科書における諸問題
第6回 韓国の反日教育

今回は、まず戦後における、韓国の歴史教育・教科書変遷について書いていきます。

歴史教育・教科書の変遷
終戦から教育基盤の確立
1945年8月15日、朝鮮半島は日本の植民地支配から解放されました。その後、朝鮮半島は、北緯38度線を境界として北側をソ連が、南をアメリカが占領するという分割占領の時期に入ります。ソ連アメリカによる占領が終わると、南北でそれぞれ政府が樹立され、分断状態が継続されました。その後、朝鮮戦争が勃発して、分断状態は常態化していきました。

韓国では、植民地支配からの解放以降、教育の政策面で現在に繋がる直接的な基盤を確立できたのは、1954年です。
当時、現実的な課題として取り組まなければならなかったことが行政組織の改編、教育課程の設置、学校創設、教師育成などでした。
歴史教育では、植民地支配からの教育の連続性を断つという意味でも、解放直後から国史を回復するという目的で、教育政策がおこなわれました。

植民地の時代は、教育もその支配下にあったため、学校教育の現場などで韓国の歴史を学ぶような環境はありませんでした。国史教育を整備していくには、まず韓国語で韓国の歴史や文化を学べる教材を用意することが必要でした。そのために教科書の編纂作業をおこなっていきましたが、それは学生だけでなく、当時人材不足だった教師の育成にも役立つことになりました。

植民地支配から解放された韓国では、1954年に第一次教育課程の制定に至るまで、混乱状態にあり、教育施策はその場しのぎのような状態が続いていました。
その当時は、日本による植民地支配のイメージを払拭して、韓国の民族的なアイデンティティや文化、言語、歴史を回復させることを最優先事項として政策が考えられました。

しかし、南北の分断した状態が続いていくと、徐々に、韓国の意識が対北朝鮮というような流れになってきました。そのあらわれが第一次教育課程以降の反共を教育の基本方針にしていった政府の方針です。

その後は、徐々に国史教育を重要視する姿勢が強くなっていきます。

国史教育の強化、その反動
1970年代に入ると韓国の歴史を学ぶ「国史教育」がかなり強化されるようになりました。
小学校から大学まで国史が必修化され、公務員試験などでも国史が必須の科目となりました。
この頃から、国史教育が政治的意図、国家主義的な歴史観を反映するようになりました。
歴史教科書は、国定図書の単一本となり、教育素材を選択する余地がなくなりました。

1980年代の中盤以降には社会の民主化が進展して、国定国史教育の支配イデオロギーに対して批判が生まれ、反対運動が強まりました。1990年代に入ると、保守勢力の攻勢が強化され教科書に対する論争がうまれ、教科書も数次にわたり改訂がおこなわれました。

1990年代以後、歴史教育に関する社会的関心が高まる中で研究が進めらるようになり、以前に比べて多様な問題が議論の対象となりました。
社会科統合の強化、世界史教育の希薄化、韓国近現代史の教科書問題など、さまざまな問題が批判の対象となり、論争になりました。

21世紀に入り、日本の「歴史教科書をつくる会」が発行した『新しい歴史教科書』の内容が、日韓間の歴史紛争のきっかけとなりました。高等学校における歴史科目として「東アジア史」が新設されたのも、これらの影響でした。現在は、東アジア共同歴史教材の開発のような争いの解決に向けた活動もおこなわています。

このように韓国でおこなわれている歴史教育は、その時々の国内情勢や政治によって、在り方も変わってきました。

以上が韓国の歴史教育の変遷です。
戦後、国威や国民の自信を回復するために韓国では、歴史教育が利用されるようになりました。その後は、対北、反共、対日といったことを意識するようになり、その時々の政治に利用されている部分もあったようです。
しかし、韓国国内の中には、そのような国家の政策に反対する声もあり、歴史教育に対する論争もおこなわれてきました。
次回は、そのような論争を代表する問題として、韓国の歴史教科書問題について書いていきたいと思います。

今回も読んでいただきありがとうございました。

https://www.kandagaigo.ac.jp/kuis/labo/gci_top/common/pdf/gci_vol3/gci_058-065.pdf

https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/bitstream/10291/18836/1/kyoushokukateinenpou_39_125.pdf