ビリギャルよりビリから慶應を通信で卒業しました!-卒業までの勉強法書いていきます-

高校中退から高卒認定試験を受けて、慶應義塾大学の通信教育課程を卒業しました。 卒業まで5年間において自分が得た、経験や知識をブログに示していきたいと思います。

慶應通信でもレポートのweb提出が可能になる(レポートの手書き、web提出について)

こんにちは。
今年最初のニューズレターがポストに投函されていました。
昔は、ニューズレターが配達されるのを楽しみにしていましたが、今はウェブで見れるのでその気持ちも半減しています。
何気なくニューズレターを眺めていると、ある記事に目がとまりました。

「レポートのweb提出(2019年度開始)」

とうとう始まったか、しかも自分がレポートを提出する必要がなくなった後にと思いました。
慶應通信のレポートは、これまで、Eスクーリングのレポートを除き、郵送による提出でした。
郵送手続きの手間に、レポート1本1時間としても約100時間、インク代や切手代など微々たるものかも知れませんがコストもかかってきました。

郵送からweb提出へ

入学当初からめっちゃ思ってました。
なんで、Eメールとかウェブとかで提出できないのかなと。
通信でのレポート提出って結構面倒なんです。
ワードでレポート作成して、プリントアウトして、各種書類貼り付けて、ホットキスで綴じて、切手買って貼って、郵便ポストに投函。
手書き指定なら、さらに4000字を、本当の手動でプリントとする必要があります。

期限ギリギリだったりすると焦って、紙を貼る位置や手続きを間違ったりすることもあります。

郵便ポストにレポートを投函した場合、きちんとレポートが郵送されたか確認できず、出した証拠すら残りません。
過去には、送ったはずのレポートが配達されていない等のトラブルがあり、それ以降配達証明でレポートを郵送している方がいるという話を聞いたこともあります。

今でこそKCCチャンネルでレポートが受付されたか確認できますが、自分が入学した2012年当時は、その機能もなく、レポートを郵送したら無事到着したことを祈るのみでした。
科目試験の申し込みをして無事に受験許可が出た時点で、レポートが受け付けられたという確信を持つことができるという綱渡り状態でした。

web提出がどのような形になるのか詳細は発表されていませんが、web提出だとそのような、デメリットがすべて解決されると思います。
さらに、手書きレポートがなくなっていくということですよね。
あと3年早くこの制度ができてくれれば、と切実に思いました。

手書きレポートの意味

そもそもレポートの手書きって何の意味があるんですかね。
時間はかかるし、手は疲れるし、いいことないような気がします。自分は手書き専用に好きなペン(万年筆)を買って、それを使えるということを楽しみにして乗り切っていました。
今レポートのデータをいろいろ調べてるのですが、だいたい3分の1程度のレポートが手書き指定でした。総合教育科目に至っては半分以上が手書き指定です。
多すぎませんか。

レポート課題の手書きについて少しネットで調べてみました。
結構みなさん思うところがあるようです。
なぜ手書き限定にするのか、手書きのメリットは何かという理由を集めてみました。

・手書きすると脳が活性化して頭に入る
これまで大学で100本くらいレポートを書きましたが、特に手書きレポートの科目の内容が頭に残っているということはありません。
脳が活性化されるのは、考えながら書くからではないのかなと思います。レポートの手書きはモニターに映っている文字をみて、ただ書くという行動なので少し違うような気もします。
もし頭を活性化させたいだけなら、大学という場の研究レポートで行わなくても、家で写経とかでいいんじゃないかなと思います。

・コピペ(盗作)を防止、本人確認
効果があるのでしょうか。
まず、教員がすべての学生の字を把握して、確認しているのでしょうか。
手書きでも他人のものを丸写しすることは可能です。
今はコピペの文章を判別してくれる無料のソフトなどもあるので、コピペ防止なら、手書きよりも印刷、印刷よりデータ提出の方が対策が容易です。
そもそも大学は勉強したい人が学問する場所です。
そのような不正をする人のために手書きが義務付けられるのであれば、そのために真面目に勉強している人が労力や時間を使うにはおかしいと思います。
さらに、読みづらい字だと、それを読んで不正か判断するだけでもかなりの労力が要りそうです。教員と学生お互いにとってデメリットがあると思いました。

・時間をかけてやることに意味がある
確かに文章をつくるまでのプロセスに時間をかければ意味があるものになるかもしれません。しかし、ただワードでつくった文章を見ながら、紙に書いていくという時間だけが余分にかかるということならば、この理由に対しては全く意味がないと思います。

・手書きで行うことで論理的思考、文章の構成力が身につき試験で答案を書けるようになる
中央大学の通信の法学部では手書きレポートが絶対のようです。上記の理由は、中央大学の事務局が学生からの質問に答えたものらしいです。答案を書けるようになることが大学で学ぶことの意味ではないと思いますし、先ほどと同じ理由ですが、ワードでつくったものをみて手書きしてもそのような力はつかないと思います。(すいません、中央大学は2018年度からワープロ提出が可能になっていました)
レポート学習 | 在学生の方へ

・再解釈による情報の熟成
これは一理あると思いました。文章を手で書いているとあれっと思うことがあり、考えが変わるときもあります。しかし、それも稀なことで書く前の段階で気づくいておくべきことだと思います。清書するような時に気づくようなことではないかなと思いますが、この理由は肯定できます。

賛成・反対の意見は以下のようなものがありました。

【反対・疑問派】
「レポート手書き限定」とかいい加減もうやめません? | 合同会社 Haikara City | 高専塾/AI講座/各種研修

実験レポートがつらい – 手書きレポートの愚痴と考えてみたこと - とある中堅大生の奮闘記

kurikuri321 on Twitter: "ちなみに中央大学の法学部の通信は「手書きのレポート必須」らしいです。
これならパソコンいらないですね。笑。

パソコンで作成したレポートは受理されないらしいです。2017年の、通信制の大学の話です。すごいですね。この手書き教。
社会に出てレポートを手書きで出す機会、ある???… https://t.co/aoRrNjwtXZ"

【賛成・肯定派】
この情報化社会に、なぜ手書きで描くのか? 変化する社会に、柔軟にメソッドを試みることの意味|グラグリッド編集部|note

渡邊芳之先生ynabe39の「レポートは手書きにすればいいんだよ。手書きならWikipediaを丸写ししても頭に入るものはあるよ。」 - Togetter

成果を出す人はなぜ「手書き」を取り入れるのか。 | コラム

手で書くことで脳が活性化して、知識や情報が頭に入りやすいとかいうのは、研究結果もあるようだし確かにそうだと思います。
しかし、大学という場でのレポートを使い、頭を活性化させることが必要なのかなと思います。
頭に知識が入るというけど、今の時代に頭に一定の知識を詰め込むということだけなら、それほど重要でないと思います。ネットで調べればすぐに出てきます。
大学では、さまざまな情報を集めて、それを整理して、論理的に考え、アウトプットする力をつけることが必要なのだと思います。
そのような力に対して、レポートの手書きの意味は少ないと思うのですが。

コピペや不正防止という理由だって、なぜそのような不真面目な学生のために、真面目にしている学生が余分な時間・労力を使わなければならないのでしょうか。
義務教育段階ならわかりますが、勉強をしたい人が入る場所が大学ですよね。もちろん勉強以外にも人との出会いなど重要なことはあると思いますが、手書きする時間を、本読んだり、実験したり有意義に使いたいという気持ちもあると思います。
社会に出ても履歴書などが手書き指定のようなことがあるみたいで、それは世界的にみてもびっくりされるようです。

手書きを全面否定するわけではありません。
自分もメモは手書きのものも使っています。アイデアを整理したりする時などには、紙に書いてみるととても考えがクリアになることが多いです。写経をすれば心が落ち着くような気もします。
しかし、大学のレポートや履歴書の手書きは違うんじゃないかなと思います。

慶應通信ではとうとうレポートのweb提出が可能になるようです。
古い慣行などにはいい部分もありますが、よくなることであれば新しいものをどんどん取り入れるべきだと思います。
この方向がどんどん拡大していくことを願っています。

次回は、レポートの情報をまとめた記事をかけると思います。
少しでもみなさんの役に立てればいいなと思っています。

今回も読んでいただきありがとうございました。